東京家庭裁判所 昭和40年(家)12755号 審判 1966年2月23日
申立人 田中英一郎(仮氏)
主文
本件申立を却下する。
理由
一、本件申立の要旨は、
申立人は昭和二九年頃から「茂」という名を通称として使用し、現在に至つており、「茂」以外の名は誰も知らない有様であつて、このまま戸籍上の名「英一郎」を維持することは、社会生活を維持していくうえに著しい支障を伴なうので、申立人の名「英一郎」を「茂」に変更することの許可を求める
というにある。
二、当裁判所の調査の結果によれば、
1、申立人は、もと「公胤」という名であつたが、当裁判所において昭和三七年一〇月二日その名を「英一郎」と変更することの許可の審判を受け(当庁昭和三七年(家)第九五〇六号)、同月一一日その旨を東京都千代田区長に届出受理されたこと、
2、ところが、申立人はその後同月一六日から昭和三九年一二月一九日までの間、六回にわたり、本件申立と同様、「茂」という名を永年通称として使用していることを理由に、「英一郎」から「茂」に名を変更することの許可の申立をしたのであるが(当庁昭和三七年(家)第一〇三〇六号、昭和三九年(家)第二三一号、昭和三九年(家)第五一八七号、昭和三九年(家)第六七五九号、昭和三九年(家)第八五七二号、昭和三九年(家)第一二四八四号)、内一件(昭和三九年(家)第六七五九号)は昭和三九年七月二〇日申立を取下げ、他の五件については、申立人が主張する通称として永年使用したとの事由を証明する資料に乏しく、その他改名を認めるに足る正当な事由が認め難いとの理由、または前件申立の際に提出した証拠資料を補充強化する資料がないのに前件の申立却下の審判に近接して申立をするのは申立権の濫用であるとの理由で、昭和三七年(家)第一〇三〇六号については昭和三八年三月三〇日、昭和三九年(家)第二三一号については、昭和三九年六月一九日、昭和三九年(家)第五一八七号については昭和三九年六月八日、昭和三九年(家)第八五七二号については昭和三九年九月二九日、昭和三九年(家)第一二四八四号については昭和四〇年九月二七日いずれも申立却下の審判がなされ、最後の却下審判は昭和四〇年九月二九日に申立人に告知されたこと、
3、またこの間、申立人は昭和三八年四月一日「公胤」という名が僧侶と誤認されやすいとの理由で(昭和三八年(家)第三五四五号)、同年一〇月二五日「英一郎」という名が部落民と誤認されやすいとの理由で(昭和三八年(家)第一〇七八五号)、それぞれ「茂」に名を変更することの許可の申立をしたが、前者については、昭和三八年五月二〇日、既に「英一郎」という名に変更許可ずみであるとの理由で、後者については、昭和三八年一一月三〇日申立人の主張する事由が認められないとの理由で、いずれも申立却下の審判がなされたこと、
4、本件申立においても申立人がその申立にかかる事実を立証するものとしては、従前同趣旨の申立をした際に提出した証拠資料すべて援用するのみで新しい証拠資料はなく、当裁判所の審問に対し申立人が申立の要旨にそう陣述をしているにとどまること、
が認められる。
三、ところで、改名許可事件において、名を変更するに足る正当な事由がないとして申立却下の審判がなされた場合には、申立人はその審判に対し即時抗告をなしうるのであるが(特別家事審判規則六条一項)、即時抗告期間中に即時抗告がなされず、または即時抗告がなされ、それが不適法ないし理由がないとして却下されて、該申立却下の審判が確定した場合においても、該申立却下の審判はいわゆる既判力を有しないため、申立人は再度同一の申立をなしうるものと解せられる。しかしながら、申立人が申立却下の審判に対し不服があるのに、即時抗告をなさず申立却下の審判が確定した場合にその確定した時期に近接し、または即時抗告期間中で未だ申立却下の審判が確定しない間に、或いは未だ許可、却下いずれの審判もなされない間に、前の申立におけると同一の事由で、しかもその事由を立証するに足る新たな証拠資料を補充することもなく、再度同一の申立をなすが如きことはいずれも申立権の濫用として許されないものと解するのが相当である。
四、本件についてこれをみるに、昭和四〇年(家)第一〇一七一号事件の申立は、本件記録により昭和四〇年九月二九日になされたことが明らかであり、この日は二の2において認定した如く最後の却下審判が告知されたと同一の日であつて、未だ最後の却下審判が確定しない間になされたものであり、また昭和四〇年(家)第一二七五五号事件の申立は、本件記録により、昭和四〇年一二月一六日になされたことが明らかであり、前記昭和四〇年(家)第一二七五五号事件の申立について未だ許可却下いずれの審判もなされない間になされたものであり、しかもいずれの申立も前の申立におけると同一の事由で、しかもその事由を立証するに足る新たな証拠資料の補充強化がないことは、前記二の4において認定したとおりである。
以上の点およびその他の前記認定にかかる事実を考えあわせるときは、本件申立は申立権を濫用した不適法なものというべきである。
よつて、本件申立は申立の実情として主張する事実の存否につき判断するまでもなく、これを失当として却下することとし、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)